PROJECT STORYプロジェクトストーリー

岩手県防災用水門プロジェクト

世界初
浮力で閉門する
海底設置型
フラップゲート式可動防波堤を開発

Outlineプロジェクト概要

日立造船は、従来の防災用水門の課題解決に向け、2003年、海底に扉体を設置して、津波・高潮発生時には浮力によって起立する「海底設置型フラップゲート式可動防波堤」の開発に着手。しかし、新しい技術で前例がないため、採用にはつながらない状態がつづいた。そして2017年、岩手県が東日本大震災で被害を受けた大船渡漁港とその周辺の防災対策として、海底設置型フラップゲート式可動防波堤の採用を決定。プロジェクトメンバーは、これまでの取り組みをかたちにするため全力で挑んだ。

プロジェクト概要

Memberプロジェクトメンバー

※所属は取材当時のものです。

メンバー1

機械・インフラ事業本部
鉄構・防災ビジネスユニット
水門設計部

K.N

1993年入社

プロジェクト全体を統括するプロジェクトリーダーを務める。フラップゲートの認知度を得るためのアプローチから、発注元である岩手県との折衝など、プロジェクト開始から終了まで一貫して携わる。

メンバー2

機械・インフラ事業本部
堺工場 製造部
営業グループ

H.A

2004年入社

営業担当として、プロジェクト開始前からフラップゲートを社外にアピールするために、官公庁や関連団体などに訴求。当初はフラップゲートと関連のない部署だったが、可能性を確信してプロジェクトに参加。

メンバー3

機械・インフラ事業本部
鉄構・防災ビジネスユニット
建設計画部 計画第2グループ

Y.Y

2006年入社

構造設計を担当しながら、共同開発グループでの情報共有や検討の窓口を兼務。工事の後半では、現地施工計画の詳細検討も担当してプロジェクトを推進。

メンバー4

機械・インフラ事業本部
堺工場 製造部
プロジェクト 2グループ

K.S

2010年入社

製作工事を担当。社内の設計、製造、現地工事などの部門や、パートナー企業と連携して、設備の製造をはじめ、工程管理、外注管理、お客さま対応などを行なう。

01

新しい技術で課題解決を目指し
開発プロジェクトを始動

近年日本では、大きな被害が発生している地震をはじめとする自然災害の対策として、沿岸地域における津波・高潮から人命・財産を守る防波堤や防潮堤の整備が進められている。そうしたなか、従来の防災用水門の課題が見えてきた。たとえば、浸水前に作業員が操作を完了しなければ作動しないことで生じる、閉門の遅れや作業員の逃げ遅れのリスクなどが挙げられる。
日立造船はこうした課題の解決に向けて、日立造船を含む民間企業3社と京都大学は、2003年から海底に扉体を設置して津波・高潮発生時には浮力によって起立する「海底設置型フラップゲート式可動防波堤(以下:フラップゲート」の本格的な研究・開発を開始した。

「課題を踏まえて、フラップゲートは“いつでも確実に機能する”、“危険な操作を伴わない”ことをテーマにして開発に取り掛かりました」と、プロジェクトを統括したフラップゲート部 部長のK.N氏は話す。
技術開発は、構造設計担当のY.Y氏をはじめとする技術メンバーが中心となって進められ、並行してこの新しい技術を社外にアピールするため、K.N氏と営業担当のH.A氏は全国各地の自治体や関連団体に対してプレゼンテーションを行なった。
H.A氏はもともとフラップゲートとは関連のない部署に所属していたが、浮力で作動する新しい技術の存在を知り、「これは何としても世の中に広めなければならない」という使命感を感じてプロジェクトに加わった。
「すぐに採用してもらえるとは思っていませんでしたが、予想以上にハードルは高かった。何度プレゼンしたか覚えていません」と、H.A氏は当時を振り返って笑う。

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02

陸上設置型で注目され、
海底設置型の実用化へ進展

月日は流れて2009年、プロジェクトは思わぬことで前進した。徳島県の撫養港海岸整備事業の一環として、当初は海底設置を想定していたフラップゲートを、陸上設置型として実用化できないかという打診があったのだ。早速、メンバーは検討を重ね、実証試験の準備をしていたところ、2011年3月11日、東日本大震災が発生。場所は違うものの、被害軽減に有効な技術がありながら実用化に至らず、役に立てなかったことにメンバーは言いようのない悔しさを感じた。
そして震災から1ヶ月半後、「何とかこの技術をものにしなければ」という想いを胸にして、K.N氏とY.Y氏たちは開発者の目線で被害状況を確認するために被災地を訪れ、現地調査を行なった。
「特に以前からあった水門設備の状況に着目したのですが、想像していたよりもはるかに激しく損傷していました。どのようにダメージを受けたのかを確認したことで、開発の参考になりました」とY.Y氏は話す。
その後、打診のあった陸上設置タイプを完成させ、さらに空調ダクト用も手がけた。こうした実績を上げていた頃、岩手県が東日本大震災で大きな被害を受けた大船渡漁港とその周辺の防災対策として、海底設置型フラップゲートを検討しているという話を受ける。入札制だったため、プロジェクトチームは受注に向けて具体的なプランの提案に取り組んだ。
通常は、事前に発注側から参加者に対して主な内容がまとめられた仕様書が発行されるのだが、海底設置型フラップゲートは前例がないため、基本的な内容から立案することが求められた。
そして遂に、2017年に日立造船はこの案件を受注。
「受注が決まった時はもちろん嬉しかったのですが、何としても成功させなければという気持ちの方が大きかったです」とY.Y氏。
また、フラップゲートの製造全般を担当したK.S氏は、「受注のためにK.NさんやH.Aさんたちが注力してくださったので、その後をしっかりと引き継がなければと気が引き締まりました」と振り返る。
こうしてプロジェクトは、今まで誰も経験したことのない海底設置型フラップゲートの実用化に向けて動きだした。

03

プランを具現化する
設計・製造で困難の連続

フラップゲートは、内部にエアーが入った鉄製の扉体を海底に倒伏した状態で設置し、浮力によって扉体が起立するという仕組みになっている。そして、津波・高潮の襲来が予測された際には確実に作動するよう、扉体はいつでも浮く状態にして、係留フックで止めて沈めておく方式が採用されることになった。こうした仕様によって、前述の“いつでも確実に機能する”、“迅速に閉まる”、“危険な操作を伴わない”特性に加えて、“船舶航行を妨げない”、“景観への影響が少ない”という利点も生まれる。
ところが設計に取りかかると、思うように進まなかった。特に苦労したのが、具体的な工法の決定だった。たとえば、扉体を海底に設置するためにはどんな工法が考えられ、どれが最適なのか。大きな扉体を安定して沈めておくためには内部にコンクリートを注入する必要があったが、どこから、どのように入れればいいのか。こういった課題をひとつひとつ解決していく必要があったのだ。

「こうした作業は港湾・護岸工事に特化したマリンコントラクターと連携して進めるのですが、双方とも実際の工事を経験したことがないので、最初は手探り状態。そこからお互いに理解を深めて、細かい部分まで意思統一することに注力しました」とY.Y氏は語る。
奮闘していたのは工場での製作も同じだった。設計がはじめてなら、設計に基づいてつくられるパーツなどの製作もはじめてなのは当然。しかも、設計は日毎に更新されるため、対応するのは大変。K.S氏が特に苦心したのが、扉体の機密性の確保だった。「扉体を起立させるためには、中のエアーが漏れないようにすることが絶対条件なので、品質管理部門と協力して徹底的にチェックしました」
もうひとつ大きな課題となったのが、水門設備の据付だった。海底に打設された56本の杭の間に扉体を含む水門設備を差し込むという、高度な技術を要する構造だったからである。誤差があると設備を差し込めなくなるため、Y.Y氏やK.S氏たちは、杭をいくつかのブロックに分けて、組み合わせ部分で調整できる仕組みを考えだした。こうした試行錯誤と工夫があらゆるところで行われ、完成に向かって少しずつ進んでいった。

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04

海底設置型フラップゲートの実用化に
世界で初めて成功

プロジェクトメンバーや関係者の絶え間ない取り組みによって、工事は2020年に完了。海底設置型フラップゲートとしては世界初となる実用化に成功した。
今のところ幸いにも効果を発揮するケースはないが、2022年に発生したトンガでの火山噴火時には設計通りに作動した。
「自信をもってプレゼンをしても良い反応を得られない時は悔しい想いをしましたが、そうした経験があるから今があるんです。大きな壁を乗り越える力になるのは、度を越した情熱。プロジェクトメンバーがそれをもっていたから結果に結びついたのでしょう」とH.A氏。
K.N氏はこのプロジェクトがスタートする前に、研修で海に隣接するまちを訪れた際、高齢の住民の方から「自分たちは津波が来れば、命を落とす環境で暮らしている」という話を聞いた。「この時、本当にそれでいいのか、自分たちは防災に関わる者としてベストを尽くしているかと自問したんです。多くの方々の力を借りて、その時の答えを出せたことは嬉しいです。もちろんこれで終わりではないので、今後もフラップゲートの普及に力を入れていきたいと考えています」
この言葉の通り、大船渡漁港のプロジェクト終了後、新たな海底設置型フラップゲートのプロジェクトを1件受注し、工事も完了。問い合わせも増えているという。

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